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実るほどこうべを垂れる稲穂かな - そのプライドの価値は如何程か -

「人格者ほど謙虚であるというたとえ」(故事ことわざ辞典より) プライドには二種類あると思います。すなわち、 「それ故に自由に在れなくなるプライド」と「それ故に自由に在れるプライド」です。

我思う、ゆえに我あり - ならば、そう思っているのは誰の意思か -

今回は人によっては少し不気味に感じるかもしれない、そんな話。 我思う、ゆえに我ありとは 意味 ラテン語〈コギト・エルゴ・スムCogito,ergo sum.〉の訳。 世界を疑い続けている私という存在は、否定することができない。私が考えていることは、私が存在す…

空観,仮観,中観 - その世界を創り上げているのは誰か -

いつもの如くわかりやすさ重視で、『空観,仮観,中観』“のような何か”について。 中観派とは インド大乗仏教哲学において、瑜伽行派(唯識派)と並ぶ二大潮流の1つ。龍樹「中論」の著作によって創始された。「般若経」の教えが基盤となっている。 続きを読む…

天上天下唯我独尊 - 価値や優劣を等身大に認識できているか -

光の当て方や角度を変えれば見え方も変わる、人の価値はそんな“玉虫色”の如し。 唯我独尊とは 四字熟語。 (1).釈迦の発した「天上天下唯我独尊」という言葉に由来する。 「人はそれぞれその人にとってかけがえのない尊い存在である(のでお互いに他人を大切に…

一念岩をも通す - 感情に使われず、感情を使えているか -

「どんなことでも一途に思いを込めてやれば成就する」(故事ことわざ辞典より) 人間その気になれば、時に論理的には困難な芸当だって案外できちゃうものです。 そうした人の持つ“心の力”を活用しないのは、あまりにも勿体ない。

天理人欲 - その行動は、選択は、本当に自分が望んだものか -

「天理は自然のままの本性、人欲は外部刺激によって起こる欲求」(コトバンクより) 『天理人欲』といってもその意味、特に『人欲』の扱い方は時代によって異なります。 今回言及するのは、自由の抵抗物としての『人欲』という観点について。

おためごかし - 本当にそれは相手も望む利益か -

自分の利益を考える、それ自体は当然のことでなんら問題ないでしょう。それ自体は。 おためごかしとは 【御為倒し】 表面はいかにも相手のためであるかのように偽って、実際は自分の利益をはかること。 おためごかしを言う。関連キーワード逆恨み 続きを読む…

彼を知り己を知れば百戦殆うからず - 意外と難しい“当然” -

「敵と味方の実情を熟知していれば幾度戦っても負けない」(故事ことわざ辞典より) 何事においても、自分の長所を生かし、強みを打ち出そうとすることは基本でしょう。 ただし、相手がそれに価値を見出してくれるか、それが通用する相手なのかは別の話。

瓜田李下 - 抱かれた疑念は時に真実よりも重い -

誤解されるのは嫌なことですが、“誤解を与えた側”にも落ち度はあるでしょう。 瓜田李下とは 四字熟語。人から疑いをかけられるようなことはしてはいけないし、疑いを受けるような状況に身を置いてはならないという教え。中国の古楽府の「君子行」の「君子防…

遼東の豕 - 自分の世界で辿り着いた正解に普遍性はない -

自分にとっての正解や価値あるものが、他者にとってもそうであるとは限りません。 遼東の豕とは 故事成語で、独り善がりでいるさま。偉ぶっているさま。 続きを読む このキーワードを含むブログを見る

虎の威を借る狐 - それが“虎の威”だと認識できているか -

例えば、このサイトとて“故事ことわざ”という名の虎の威を借りている訳で← 虎の威を借るとは 「借虎威」の書き下し文。「戦国策」の一説で、他人の権勢をかさに着て威張る小人のたとえ。 「虎の威を借る〇〇」という形で使われる。「狐借虎威(虎の威を借る…

木に竹を接ぐ - 幹が曖昧なまま枝を生やそうとしていないか -

「ちぐはぐで調和や釣り合いがとれないこと」(故事ことわざ辞典より) 自身の視野を広げ、盲点を探すため、多くの人から意見を募ることは大切でしょう。 しかし、良い意見は寄せ集めれば良いというものではありません。

彼方を立てれば此方が立たず - 目先の論理的正当性に驕っていないか -

「両方が納得する、また喜ぶようなことをするのは難しい」(故事ことわざ辞典より) 誰かにとっての正義は他の誰かにとっての悪であるように、彼方も此方も、 その両方を立てるのが困難なのは、何も人間関係に限った話ではないでしょう。

風が吹けば桶屋が儲かる - 元々の原因が明瞭であるとは限らない -

「風の吹き方」なんて小事から「桶屋の売り上げ」への連鎖を予測するなど無理難題。 風が吹けば桶屋が儲かるとは ことわざ。 ある出来事が、予想もしないようなところへ影響を及ぼすことの例え。転じて、当てにならない期待をすること。 また、因果関係の無…

和して同ぜず - 協調という大義名分に甘え、逃げ込んではいないか -

「人と協調はするが、主体性を失うようなことはしない」(故事ことわざ辞典より) 協調性を重視するあまり自分の判断を捨てた挙げ句「え、だって皆やってたから」 「皆そうだと言ってたから」などと後に言い訳する事態は避けたいものです。

初心忘るべからず - 手段が目的と化してはいないか -

「始めた頃の謙虚で真剣な気持ちを持ち続けねばならない」(故事ことわざ辞典より) 慣れて油断した結果、思わぬ失敗をしてしまわぬよう、初心を忘れないのは大切です。 しかし、初心が大切な理由はそれだけではないでしょう。

習うより慣れろ - というか、習う“ために”慣れよ -

「人や本から教わるより練習や経験を重ねた方が覚え易い」(故事ことわざ辞典より) 実戦や実践の伴わない学習は、言うなれば立派な楽器を買うだけ買って特に練習せず、 ただ自分の音楽感という名の妄想に浸っているだけに等しい…かもしれません。

下手の考え休むに似たり - 他者に使われず、他者を使えているか -

「下手な者の長考は、時間を浪費するだけで、なんの効果もない」(コトバンクより) “馬鹿”とは本来頭が悪いことではなく、他者の言うことを妄信することでしょう。 しかし、他者の意見を妄信しないことと排他的になってしまうことはまた別の話です。

鶴の一声 - その心に映る相手の姿は本物か -

『鶴の一声』を横暴と断ずるのは早計でしょう。ただし、それが本当に鶴の声ならば。 鶴の一声とは 多くの人々がああでもない、こうでもないと議論している際、その集まりの重鎮・有力者・権威者がひとことを言って方向性がきまるありさま。多くの議論や意見…

折檻 - 他者を強引に変えようとしていないか -

とりあえず必死に主張し続ければ、いずれは受け入れられる…とは限らないでしょう。 折檻とは 厳しくしかること。体罰を加え懲らしめること。 中国の故事「漢書」の「朱雲伝」に由来。 前漢の成帝の時代、朱雲が成帝の政治に対し厳しく忠告したため、朱雲は帝…

坊主憎けりゃ袈裟まで憎い - その反対側の側面まで見えているか -

「憎むあまり、それに関わるすべてのものが憎くなること」(故事ことわざ辞典より) 他者に何か原因があるから、他者が憎いとは限らない。 他者が憎いからこそ、憎む原因ばかりを探し求め、それを創り上げていることもある。

健康は富に優る - 健康や限界を等身大に認識できているか -

「どんなに金持ちでもからだが弱くては何にもならない」(ことわざ辞典より) 自分の限界を恐れる人へ、人の身体は貴方が思っている以上に頑丈でしょう。 自分の限界を恐れぬ人へ、人の身体は貴方が思っているよりも脆いでしょう。

万物流転 - 理解に終わりはない -

「この世にあるすべてのものは、常に移り変わる」(故事ことわざ辞典より) このサイトにて散々言及されている「“わかったつもり”にしかなれない」という言葉、 これは戒めの言葉でこそあれど、決して諦めの言葉ではないと思います。

パレートの法則 - “優れた少数”を等身大に認識できているか -

「大部分は、全体を構成するうちの一部の要素が生み出している」(cf.Wikipedia) 別名『80:20の法則』や『ばらつきの法則』など。 優れた少数と、平凡な大多数、互いに互いへの感謝と尊重の念が重要なのでしょう。

プラシーボ効果 - 困難なときにこそ自分を信じられるか -

自信とは、自分を信じる心の力でしょう。自信と慢心は別物なので注意が必要ですが。 プラシーボ効果とは 薬効成分を含まないプラセボ(偽薬)を薬だと偽って投与された場合、患者の病状が良好に向かってしまうような、治療効果を言う。偽薬効果。プラセボ効…

好きこそ物の上手なれ - 心次第で負荷は変わる -

「好きなものに対しては熱心に努力するので、上達が早い」(故事ことわざ辞典より) 努力しても、必ずしもそれが他者より秀でるほど“上手”になるとは限りませんが、 人間、自分の“好き”なことなら熱心に、しかも効率良く努力できるものです。

木を見て森を見ず - 木を見てそれが森だと思い込んでいないか -

「物事の一部分や細部に気を取られて、全体を見失うこと」(故事ことわざ辞典より) どんな森林でも、探せば朽ちた木の1本や2本はあるでしょう。 朽ちた木を何本か見つけて「この森林は腐ってやがる…」などというのは筋違いです。

握れば拳開けば掌 - 拳を憎んで手を憎まず -

「たとえ同じ物でも気持ちや状況しだいで様々に変化する」(故事ことわざ辞典より) 同じ手であっても、握れば人を殴る拳になり、開けば人をなでて愛でる掌になる。 拳と掌、そのどちらも偽りではないが、どちらか一方のみでは手の全ては語れない。

毒薬変じて薬となる - その本質はどこにあるか -

「物は使い方によって毒にも薬にもなるというたとえ」(JLogosより) 「使用上の注意をよく読み、用法・用量を守って正しくお使い下さい」\ピンポン/ その薬が文字通り薬となるか、逆に毒となるかは、そうした条件があるものです。

尺度水準 - 具体性の乏しい情報に惑わされていないか -

「表現する情報の性質に基づき数学・統計学的に分類する基準」(cf.Wikipedia) こんなブログで統計学の専門的な話に言及しても誰も得をしないと思うので、 あくまで『尺度水準』という漠然とした“ものの捉え方・考え方”についての話。

月とすっぽん - その共感に無知の知は伴っているか -

「二つのものの違いがあまりに大きすぎて比較にならない」(故事ことわざ辞典より) 実際に当事者として体験してみなければ、当時者の気持ちはわからないでしょう。 そして例え似た経験をしていると思っていても、それが本当に似ている保障などない。

遺伝的多様性 - 自分と他者は同じ人間でも、異なる個体である -

「ある一つの種の中での遺伝子の多様性」(cf.Wikipedia) 生物はその多様性を確保するため、常に新たな遺伝子を持つ個体を生み出しています。 ならば、常識から外れたイレギュラーな個体も、いない方がむしろ不自然でしょう。

大事の前の小事 - その行為の代償は何か -

(故事ことわざ辞典より)「大きな事を成しとげようとするときは… 1. 小さな事を軽んじてはならない。ちょっとした油断が大失敗を招く。 2. 小さな犠牲にはいちいち構っていられない」 3. …などという矛盾のたとえ

小異を捨てて大同に就く - 世界は自分を待ってはくれない -

互いに自らの誤りを認め、相手の正しさを尊重できる度量があることが前提条件ですが 不毛な議論を重ねるくらいなら、“議論をするために”ことを進めるのも一興でしょう。 小異を捨てて大同に就くとは 意味 小さな異見から離れて、大勢となっている同意見に従…

論より証拠 - 主観は議論の抵抗物である -

「口先で議論を重ねるよりも、証拠を出したほうが明確」(故事ことわざ辞典より) A「○○細胞を発見しました!この発見にはあんな苦労やこんな理想が…」 B「感動的だな。だが無意味だ。貴方の主観はいいから証拠を見せてくれ。」

無理が通れば道理が引っ込む - 無理は通さず、しかし正義に驕るな -

「俺が何をしようが、お前には関係ないやろ!」…とは限らないのでしょう。 無理が通れば道理が引っ込むとは 理に合わないことが世にはびこる時は、道理にかなった正しいことは行われなくなること。間違ったことが堂々と行なわれると、正しいことが行なわれな…

蟻の穴から堤の崩れ - 目先の行動の先にある崩壊は見えているか -

「わずかな油断や手違いで重大な物事が駄目になることのたとえ」(JLogosより) 別名『蟻の一穴』。規則やルールに厳格すぎて融通が利かないのは問題だと思います。 しかし同時に、それを破ること、特例や前例を作ることの重みを侮ってはなりません。

塵も積もれば山となる - 目先の行動の先にある山は見えているか -

「小事をおろそかにしてはならないという戒め」(故事ことわざ辞典より) 人間、目先の塵を見つめ、観察するのは得意でしょう。 しかし、その塵が積もり、山となった姿を想像することは意外と難しいものです。

PDCAサイクル - 行動のために計画し、計画のために行動する -

いくら企画段階でニーズがあっても、完成した頃にニーズがなくなっていては無意味。 PDCAサイクルとは Plan(計画)→Do(実行)→Check(評価)→Action(見直し)という政策サイクル。 P段階での代替案の検討と評価を行った上で、このサイクルを回す必要があ…

言うは易く行うは難し - 問題に直面しなければ盲点は見えない -

「口で言うのは簡単だがそれを実行するのは大変難しい」(故事ことわざ辞典より) 人は現実世界を基に創り上げた架空の世界で生きている(コペルニクス的転回) ならば、その世界で考えついたことが現実世界に即していなくとも、むしろ当然。

鶏口となるも牛後となるなかれ - 眼前の選択肢は把握できているか -

「小さな集団であっても長となるほうがよい」(故事ことわざ辞典より) それが大きい集団であればあるほど、その長がどんな人間なのかの見極めは困難です。 しかし、自分や家族の命運を握っているのは、他ならぬその長なんですよね。

寄らば大樹の陰 - 数に惑わされず、内側まで見通せているか -

「頼るのなら、勢力のある者のほうが安心でき利益もある」(故事ことわざ辞典より) 自分がどんな集団に属し、頼るかは、時に死活問題ともなる重要なことですから、 実際、寄るなら大樹の方が良いでしょう。ただし、それが本当に大樹であるならば。

猿の尻笑い - 責められたくないが故に他者を責めていないか -

「自分の欠点には気づかずに、他人の欠点をあざ笑うこと」(故事ことわざ辞典より) ある瞬間、ある側面だけを切り取れば、正義と悪という構造は固定的かもしれません。 しかし、ならばその正義はなんら悪行をしていないかといえば…それはまた別の話。

和を以て貴しとなす - 悪意のない敵まで作り上げていないか -

「みんなが仲良くやり、いさかいを起こさないのが良い」(故事ことわざ辞典より) 皆さんご存知、聖徳太子(が制定した十七条憲法)の言葉。 「仲良くする」とは即ち「皆で共有できる利益を模索する」ということでしょう。

囚人のジレンマ - 利益のために利益を捨てられるか -

正直者が馬鹿を見る。しかし、皆が正直者でなくなったら、皆が馬鹿を見る。 囚人のジレンマとは ゲーム理論の用語。 個人に二つの選択肢(協力/非協力)が与えられた、二人の人間が遭遇するジレンマ。 個人にとっては、(自己の利益の最大化という個人にとっ…

社会的手抜き - 物理的な作業量のみで世界を評価していないか -

「1人当たりの課題遂行量が人数の増加に伴って低下する現象」(cf.Wikipedia) 別名『リンゲルマン効果』など。自分の行為と結果の因果関係が見えにくいと、 怠惰に繋がるだけでなく、身体の制御感覚が狂わされてしまう側面もあると思います。

鹿を指して馬と為す - 他者に与えられた答えを鵜呑みにしていないか -

「理屈に合わないことを権力によって無理に押し通すこと」(故事ことわざ辞典より) 自分と他者が同じ対象を観測し、互いに異なる観測結果を得た際、 自身の無知を疑う姿勢は大切でしょう。しかし、疑うことと否定することは違います。

千慮の一失 - 賢さは盲信していい理由にはなり得ない -

「どんなに賢い人でも一つくらい間違いや思い違いがある」(故事ことわざ辞典より) 専門家の見識は侮ってはならず、謙虚に、尊重せねばならないでしょう。 しかし同時に「専門家とて人の子である」ことも忘れてはならないと思います。

株を守りて兎を待つ - 専門家は革新を嫌う -

「古い習慣や過去に偶然成功した経験にこだわること」(故事ことわざ辞典より) 一度山の頂まで登り詰めた人間は、その居場所に固執し、環境の変化に柔軟に在れず、 新たにより高い頂が現れても、それを目指したがらない傾向があると思います。

燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや - 自分と他者、燕雀なのはどちらか -

「小人物には、大人物の考えや大きな志などがわからない」(故事ことわざ辞典より) この言葉、自分と他者のどちらが燕雀(小人物)でどちらが鴻鵠(大人物)なのか、 その捉え方によって意味合いが大きく変わってくると思います。