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無知の知 - 人は“わかったつもり”にしかなれない -

無知の知

無知の知』という言葉ほど “わかったつもり” になりやすい言葉はないと思います。

無知の知とは

“わかったつもり”ということも“わかったつもり”にしかなれない

 

「私馬鹿だしw 知らないことばっかりだよーw」

「政治?数学?難しくてよーわからんw」

 

自分の専門外のこと、よく知らないこと、それらについての無知の自覚

…そんなことは当たり前です。むしろ逆に知ってたら恐い(笑

 

そうではなくて、自分が得意げに話せること、専門分野のこと、

そうした「自分は知っている」と思っていることについて

 

「自分は“わかったつもり”になっているだけで、実は何もわかってはいない。」

 

と常々自戒するのが『無知の知』だと考えています。

 

某物語風に言えば

何でもは知らないわよ。知ってることだけ」はただの無知の自覚

何でもは知らないわよ何にも知らない」こそが無知の知

 

 

言うは易く行うは難し』とはよくいったもので、

無知の知』は言葉上は非常にシンプルで、いくらでも“わかったつもり”になれます。

ところが何度“わかったつもり”になっても、ある時、ふとした経験、気付きから

 

「あれだけ得意げに口にしていたことを、自分は何もわかっていなかった…」

「『無知の知』を理解・実践できていなかった。また“わかったつもり”になっていた」

 

と何度も思い知らされる。

自身の生涯を終え、自分の観測できる世界の広がりが終わりを迎えるまで、

多分それまでは、いつまで経っても“わかったつもり”にしかなれない。

 

それはこのサイトについても例外ではないので、自戒を込めてこう締めくくります。

 

 

 

“今ここからの光景”は、こんな感じ。

 

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