習うより慣れろ - というか、習う“ために”慣れよ -

「人や本から教わるより練習や経験を重ねた方が覚え易い」(故事ことわざ辞典より)

 

実戦や実践の伴わない学習は、言うなれば立派な楽器を買うだけ買って特に練習せず、

ただ自分の音楽感という名の妄想に浸っているだけに等しい…かもしれません。

 

実力不足だからこそ、実戦で失敗と経験を重ねる価値がある

 

A「え…公演?いや、私まだまだ下手だし…ま…また今度 やって…やらあ!

B「前回もそう言ってたよね?また今度っていつの今度よ?今度っていまさッ!/

 

演劇やライブなど、人前で何かを披露しようとする人間には、

観客の貴重な時間を頂いている以上、「観に来て良かった」と思ってもらえるよう、

十分に準備し、努力し、質の高いものを提供できるよう最善を尽くす責務がある

 

…という類いの話はその業界ではしばしば耳にするもので、人前に出るからには

こんな実力では人様に見せられない」と練習に励むのは大切なことだと思います。

 

しかし、何事においても、何かから学び,習うだけでは上達にも限界があり、

 

むしろ習うためにこそ実戦で経験を積み重ねることが大切

 

であって、場数をこなし、実際に肌で感じなければ学べないこともあるでしょう。

 

何かを習おうにも、その伝達媒体である言葉は情報量が低く(百聞は一見に如かず

人は相応の経験なくして何かを理解することなどできず(知行合一

実戦での実践を通し、習う対象の他者が住む世界を少しでも目の当たりにすることで、

初めて相手の発する言葉や教えの意味を理解できることもあると思います(環世界

 

実戦経験の不足故に実力が不足しているにも関わらず、その実力不足を言い訳に、

過度に失敗を恐れ、保身故に実戦を避けてはいないか、注意が必要かもしれません。

 

 

学ぶことの基本は真似ることだと言いますが、人は自分以外の何者にもなれず、

正しさの異なる他者を真似続けても、劣化コピーになるのが殆どでしょう(顰に倣う

 

故に『習うより慣れろ』とはいっても、ただ闇雲に慣れればいいという訳でもなく、

慣れるという手段の先の習うという目的をしっかり見据えることが大切だと思います。

往々にして“学び”は学ぼうとしない人間の眼には見えにくいものですから(豚に真珠
 

 

 

今ここからの光景は、こんな感じ。

 

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