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尺度水準 - 具体性の乏しい情報に惑わされていないか -

「表現する情報の性質に基づき数学・統計学的に分類する基準」(cf.Wikipedia

 

こんなブログで統計学の専門的な話に言及しても誰も得をしないと思うので、

あくまで『尺度水準』という漠然とした“ものの捉え方・考え方”についての話。

 

その情報量を等身大に認識できているか

 

A「今回のテストは出来が悪かったなぁ…」

B「今回のテストは割と良かったぞ…!」

C「で、何点だったの?」

A&B「「70点だったよ」」

 

言葉や評価はその種類によって、その情報の持つ性質は随分異なります。例えば、

「良かったor悪かった」はあくまで発言者の価値基準故あてにならないのに対し、

「70点だった」という具体的な数値は比較や認識により適した情報と言えるでしょう。

 

そうした背景を踏まえ、対象を評価する情報が持つ客観性や正確性のような性質を、

4段階の水準に分類したのが『尺度水準』という考え方です。

 

で、具体的にどんな4つの尺度水準が定義されているかは面倒なので省略しますが、

あまりあてにならない水準が低い情報には、単純な分析手法しか使っちゃ駄目だよと、

 

水準の低い情報を過大評価して、惑わされてはいけない

 

という、情報を等身大に評価し、扱うことを戒めたのが『尺度水準』のポイントです。

 

 

水準の低い情報を過大評価してはいけない…とは言ったものの、人間はむしろ逆で、

得体が知れず、漠然とした情報ほど振り回されてしまいやすい傾向があると思います。

 

例えば「自分が緊張している」という漠然とした事実に余計に緊張してしまっていて、

「じゃあ実際に、自分は今具体的に、どれくらい緊張しているのか」

「最大を震度7とすると、自分の手は足は、どこが震度どれくらいで震えているか」

などと具体的に観測しだすとあら不思議、緊張がほぐれる…なんて手法もあるそうな。

単純に「緊張対象から意識をそらせる」という側面もあると思いますけどね。

 

ですから、「良い」とか「危険」とか、そうした漠然とした情報を耳にした際には、

何が具体的にどの程度そうなのか、その度合いを意識することが大切だと思います。 

 

 

今ここからの光景は、こんな感じ。

 

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