無理が通れば道理が引っ込む - 無理は通さず、しかし正義に驕るな -

「俺が何をしようが、お前には関係ないやろ!」…とは限らないのでしょう。

無理が通れば道理が引っ込むとは

「皆がやっている」は、時に法すらも凌ぐ

 

「どうして赤信号で渡ってはいけないのか?」という質問に対する答えは

 

道路交通法違反だから」「危ないから」「車両の迷惑になるから」などのほか、

「事故になったとき賠償請求で不利になるから」といったものまで、様々でしょう。

 

そのいずれも間違っているとは思いませんが、もっと根本的な話として、

「皆が信号無視しだしたら、交通ルールが崩壊するでしょ?」と、

 

皆がルールを守らなくなったら、結局皆が困るでしょ?

 

という観点に立ったのが『無理が通れば道理が引っ込む』です。

 

ルールというのは、集団の利益を守るため個人に不自由を強いている側面があります。

ですから誰かがルールに反して個人の自由を追求し、それが黙認されてしまうと、

それが連鎖的に広がり、誰もルールを守らなくなる、そんな危うさがあるのでしょう。

 

実際、『赤信号 みんなで渡れば こわくない』なんて言葉があるように、

皆がやっていること」は時に「ルールで定められたこと」以上の力を持ち、
 

(地域にもよりますが)車の制限速度や、エスカレーターの片側寄り乗りなど、

それの良し悪しはさておき、法律や企業が安全のために呼びかけているルールよりも、

「皆がやっていること」の方が錦の御旗を掲げているケースは案外あるものです。

 

 

さて、そんな訳でルール違反をする人間を見かけたら『蟻の一穴』を侮らず、

無理が通って道理が引っ込んでしまう芽を摘むために、積極的に注意することが大事

…とは必ずしもならないのが現実社会の難しいところですねw

 

人の作り出したルールはえてして不完全なものですから、いついかなるときも、

それを厳守することが正しいとは限りません。また、注意をするにしても、

それが相手の行動の是正に繋がらず、敵対に終わってしまっては意味がありません。

ですから身勝手な正義に陶酔せず、状況に応じた柔軟な対応が実際には大切でしょう。

 

 

 

今ここからの光景は、こんな感じ。

 

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