人を見て法を説け - それは誰にとって正しい言葉なのか -

「相手の性格や気質を考慮して、適切な言い方をせよ」(故事ことわざ辞典より)

 

厳密さや正確さを追求すると、結局何が言いたいのか伝わらなくなることもある。

こんなブログみたく「〜と思います」なんて言わずシンプルに断定するのも一理です。

 

人によって正しい言葉は異なる

 

何?相手にこちらの意図を伝えたいのにわかってもらえない?

それは「自分にとって正しい言葉」にこだわって無理矢理伝えようとするからだよ

逆に考えるんだ 「万人に正しい言葉など存在しなくてもいいさ」と考えるんだ

 

相手に何かを伝えたいなら、相手にとって正しい言葉を考える必要があるでしょう。

ただし、ここでの「正しい」の意味には以下の二つの意図があります。

 

一つは「相手にきちんと伝わるから正しい」という意味です。

 

例えば相手が子供なのか、大人なのか、高齢の方なのか、専門家なのか…などによって

より相手に伝わりやすい言葉は大きく異なります。

子供相手に専門用語を使うのは論外ですが、専門家相手に子供向けの説明も論外です。

 

そしてもう一つは「その情報が相手の実情に即しているから正しい」という意味です。

 

人は千差万別の背景を持っており、物事の有用性は背景に依存する(顰に倣う)ため、

全く同じ言葉であっても、それを誰に対して発するかによってその意味は異なります。

例えば「自分を甘やかすな!お前はもっとやれる!限界の先にこそ成長はある!」

という台詞は、自分の限界を決めつけ臆病になっている人には正しいかもしれません。

しかし、過労死寸前の人にこんなとどめの台詞を言うのは大変危険でしょう。

 

 

さて、ここまでは主に話し手目線の話でしたが、これは聞き手にとっても同じです。

特に不特定多数に向けられた情報は、わかりやすさと説得力を重視し、

「あんな方はAですが、そんな方はB、逆にこんな方はCで…」などと厳密には説明せず

聞き手の背景の多様性をある程度無視して「Aです」とシンプルに断言されがちなので

 

それは誰に向けられ、そして誰にとって正しい言葉なのか

 

他人の話を耳にする際は、この点を見誤らないよう注意する必要があると思います。
 

 

 

今ここからの光景は、こんな感じ。

 

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