PDCAサイクル - 行動のために計画し、計画のために行動する -

いくら企画段階でニーズがあっても、完成した頃にニーズがなくなっていては無意味。 PDCAサイクルとは Plan(計画)→Do(実行)→Check(評価)→Action(見直し)という政策サイクル。 P段階での代替案の検討と評価を行った上で、このサイクルを回す必要があ…

言うは易く行うは難し - 問題に直面しなければ盲点は見えない -

「口で言うのは簡単だがそれを実行するのは大変難しい」(故事ことわざ辞典より) 人は現実世界を基に創り上げた架空の世界で生きている(コペルニクス的転回) ならば、その世界で考えついたことが現実世界に即していなくとも、むしろ当然。

鶏口となるも牛後となるなかれ - 眼前の選択肢は把握できているか -

「小さな集団であっても長となるほうがよい」(故事ことわざ辞典より) それが大きい集団であればあるほど、その長がどんな人間なのかの見極めは困難です。 しかし、自分や家族の命運を握っているのは、他ならぬその長なんですよね。

寄らば大樹の陰 - 数に惑わされず、内側まで見通せているか -

「頼るのなら、勢力のある者のほうが安心でき利益もある」(故事ことわざ辞典より) 自分がどんな集団に属し、頼るかは、時に死活問題ともなる重要なことですから、 実際、寄るなら大樹の方が良いでしょう。ただし、それが本当に大樹であるならば。

猿の尻笑い - 責められたくないが故に他者を責めていないか -

「自分の欠点には気づかずに、他人の欠点をあざ笑うこと」(故事ことわざ辞典より) 自分の尻も赤い猿が、他の猿の尻の赤さを笑う。無知な人間が、他者の無知を嘲笑う。 それは、自分のことに気付けていないせいか、それとも、自分のことは隠すためか。

和を以て貴しとなす - 悪意のない敵まで作り上げていないか -

「みんなが仲良くやり、いさかいを起こさないのが良い」(故事ことわざ辞典より) 皆さんご存知、聖徳太子(が制定した十七条憲法)の言葉。 「仲良くする」とはつまり、「皆で共有できる利益を模索する」ということでしょう。

囚人のジレンマ - 利益のために利益を捨てられるか -

正直者が馬鹿を見る。しかし、皆が正直者でなくなったら、皆が馬鹿を見る。 囚人のジレンマとは ゲーム理論の用語。 個人に二つの選択肢(協力/非協力)が与えられた、二人の人間が遭遇するジレンマ。 個人にとっては、(自己の利益の最大化という個人にとっ…

社会的手抜き - 物理的な作業量のみで世界を評価していないか -

「1人当たりの課題遂行量が人数の増加に伴って低下する現象」(cf.Wikipedia) 別名『リンゲルマン効果』など。自分の行為と結果の因果関係が見えにくいと、 怠惰に繋がるだけでなく、身体の制御感覚が狂わされてしまう側面もあると思います。

鹿を指して馬と為す - 他者に与えられた答えを鵜呑みにしていないか -

「理屈に合わないことを権力によって無理に押し通すこと」(故事ことわざ辞典より) 自分と他者が同じ対象を観測し、互いに異なる観測結果を得た際、 自身の無知を疑う姿勢は大切でしょう。しかし、疑うことと否定することは違います。

千慮の一失 - 賢さは盲信していい理由にはなり得ない -

「どんなに賢い人でも一つくらい間違いや思い違いがある」(故事ことわざ辞典より) 専門家の見識は侮ってはならず、謙虚に、尊重せねばならないでしょう。 しかし同時に「専門家とて人の子である」ことも忘れてはならないと思います。

株を守りて兎を待つ - 専門家は革新を嫌う -

「古い習慣や過去に偶然成功した経験にこだわること」(故事ことわざ辞典より) 一度山の頂まで登り詰めた人間は、その居場所に固執し、環境の変化に柔軟に在れず、 新たにより高い頂が現れても、それを目指したがらない傾向があると思います。

燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや - 自分と他者、燕雀なのはどちらか -

「小人物には、大人物の考えや大きな志などがわからない」(故事ことわざ辞典より) この言葉、自分と他者のどちらが燕雀(小人物)でどちらが鴻鵠(大人物)なのか、 その捉え方によって意味合いが大きく変わってくると思います。

人間万事塞翁が馬 - 目先の幸不幸にとらわれていないか -

伏線には計画的に張るものと“結果的に伏線と化すもの”の二種類があると思います。 人間万事塞翁が馬とは 故事成語の1つ。「人間の吉凶や禍福は予想ができない」ことを例えた言葉である。中国の前漢の武帝の頃に書かれた「淮南子」を典拠とする言葉。昔、中国…

計画的偶発性理論 - 計画的な偶然を求めて想定の外の世界へ -

「偶然を計画的に設計し、自分のキャリアを良いものに」(cf.Wikipedia) 「今回は運が悪かった、巡って来なかった」それは時に事実かもしれませんが、 この台詞を言っていいのは、きちんと相応の行動をした人間だけだと思います。

好機逸すべからず - 運を“つかみ取る”のも実力のうち -

「よい機会は逃してはならないということ」(故事ことわざ辞典より) 「今回は運が悪かった、巡って来なかった」それは時に事実かもしれませんが、 この台詞を言っていいのは、十分な努力と準備をした人間だけだと思います。

麻雀 - 確率論で構成される世界 -

『麻雀』というゲームは、世界の単純化モデルとして非常に優れていると思います。 麻雀とは マージャン 【麻雀】 〔中国語〕中国起源の室内遊戯。牌(パイ)を用い、普通、四人で行う。牌は直方体で、数牌三種の一〜九までと、字牌の三元(白板(パイパン)…

環世界 - 自分の世界基準で他者を捉えていないか -

「すべての動物はそれぞれに種特有の知覚世界をもって生きている」(cf.Wikipedia) ヤーコプ・ヨハン・フォン・ユクスキュルが『生物から見た世界』で提唱した概念。 動物は皆客観的な世界ではなく、主観的に創り上げた『環世界』で生きている。

主成分分析 - 認識は少なからず情報劣化の産物である -

「(前略)に変換するための数学的な手続きのことである」(cf. Wikipedia) こんなサイトで難解な数学の専門知識に厳密な言及しても誰も得しないと思うので、 あくまで『主成分分析』という漠然とした“ものの捉え方・考え方”についての話。

豚に真珠 - 哲学は世界を視る眼である -

「値打ちがわからない者にはどんな価値あるものも無意味」(故事ことわざ辞典より) 数々の問題の答えやヒントはどこか遠い、特別な場所にある訳ではなく、 すぐ近くの足下に、そこら中に石ころのように転がっているものなのだと思います。

勇将のもとに弱卒なし - 上司の価値は部下の姿にこそ表れる -

「上に立つ者が優れていればその下につく者も優れている」(故事ことわざ辞典より) 「もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな」とでも言わんばかりの、 家臣を必要としない文字通り一騎当千の武将なんて、恐らく空想のみの存在でしょう。

類は友を呼ぶ - 自己の肯定は安心を、否定は成長を与える -

「気の合う者や似通った者同士は、自然に寄り集まる」(故事ことわざ辞典より) 似た者同士は集まる。そういった側面は確かにあると思います。 しかしそれ以上に、似ていない者同士は居心地が悪いという側面も強いのでしょう。

忠言耳に逆らう - 真に有益な言葉ほど自分の耳には痛い -

「忠告の言葉は耳が痛いから、素直に受け入れられにくい」(故事ことわざ辞典より) 「忠告が的確に自分の弱点をついている」という自覚が伴わず、無意識のみが反応し、 生じた「否定された不快感」を他者批判によって解消していることも多いと思います。

魚は殿様に焼かせよ、餅は乞食に焼かせよ - 優劣は本質ではない -

「仕事には適不適があるものだから、適任者を選べ」(故事ことわざ辞典より) 人と異なることを恐れていては、人より大きく優れることは難しい。 しかし、人と大きく異なっていても、それが優劣どちらに転ぶかはわからない。

影響の輪,関心の輪 - 眼前の事柄を正しく識別できているか -

「影響の輪にエネルギーを集中できる人こそが主体性を高められる」cf.)『7つの習慣』 関心の輪:自分が関心を持っている事柄のうち、自分がコントロールできないもの*1 影響の輪:自分が関心を持っている事柄のうち、自分がコントロールできるもの *1:厳密に…

朝三暮四 - その視点は一点ばかりを見ていないか -

“見えているつもり”だったのに実際は見えていなかった。盲点ってそういうものです。 朝三暮四とは 四字熟語の故事成語。目先の違いに気をとられて実際は同じであるのに気がつかないことやうまい言葉や方法で人を騙すことを意味する言葉である。 中国の「荘子…

仏作って魂入れず - その行動には魂が伴っているか -

「いちばん肝心なものが抜け落ちていることのたとえ」(故事ことわざ辞典より) 世の中には「こうすればうまくいく!」みたいな手法や方法論で溢れていますよね。 でも、そんな手法や方法論なんて枝葉末節だと思います。

パブロフの犬 - 人の在り方は外部刺激に支配されない -

人は人を変えはしない。当人が他者からの刺激を踏まえ、自分の意志で変わるだけ。 パブロフの犬とは 犬にエサを与えるときに必ずベルを鳴らすようにしたところ、エサが無くてもベルを鳴らすと犬がよだれをたらすようになるというもの。 パブロフ博士が1902年…

朱に交われば赤くなる - 変えるのは他者ではなく自分自身 -

人は交わる人次第で良くも悪くも、少なからず影響を受けて変わるものだと思います。 朱に交われば赤くなるとは 純真な(白い)者も、朱い仲間を作ると、同じく赤くなってしまうのでよろしくないこと。儒教的な観念である。 続きを読む このキーワードを含む…

魚心あれば水心 - 合わせ鏡が作り出す流れに呑まれていないか -

「相手が好意を示せば、こちらも好意を示す気になる」(故事ことわざ辞典より) この言葉、主体が自分か相手かなど、時代や出典によって微妙に意味が異なります が、少なくとも敵意剥き出しの相手に好意を示す人などそうそういないでしょう。

人こそ人の鏡 - 眼前の相手をそうあらしめたのは誰か -

「他人の言動は鏡に自分をうつす鏡のようなもの」(故事ことわざ辞典より) 「人と人は合わせ鏡」や「子は親を写す鏡」など、人はしばしば鏡に例えられます。 ならば、他人を嘲笑することは、鏡に映る自分を嘲笑することなのでしょう。