知行合一

失敗は成功のもと - 失敗故に見える世界もある -

「失敗しても改善していくことで、かえって成功に近づく」(故事ことわざ辞典より) テストで満点を取ることは、成功ばかりで失敗経験がないことは、 結局、自身の知識や認識がどこまでなら正しいのかを知れないということ。

急がば回れ - 見た目の距離に惑わされてはいないか -

山頂が目前だからといって、眼前の断崖絶壁を最短距離で登れば良いとは限らない。 急がば回れとは編集 急いでいるときには危険な近道を通るよりも、回り道でも安全な方を通るほうが結局早いというように、安全で着実な方を選べという戒め。 近世初期に著され…

天理人欲 - その行動は、選択は、本当に自分が望んだものか -

「天理は自然のままの本性、人欲は外部刺激によって起こる欲求」(コトバンクより) 『天理人欲』といってもその意味、特に『人欲』の扱い方は時代によって異なります。 今回言及するのは、自由の抵抗物としての『人欲』という観点について。

彼を知り己を知れば百戦殆うからず - 意外と難しい“当然” -

「敵と味方の実情を熟知していれば幾度戦っても負けない」(故事ことわざ辞典より) 何事においても、自分の長所を生かし、強みを打ち出そうとすることは基本でしょう。 ただし、相手がそれに価値を見出してくれるか、それが通用する相手なのかは別の話。

彼方を立てれば此方が立たず - 目先の論理的正当性に驕っていないか -

「両方が納得する、また喜ぶようなことをするのは難しい」(故事ことわざ辞典より) 誰かにとっての正義は他の誰かにとっての悪であるように、彼方も此方も、 その両方を立てるのが困難なのは、何も人間関係に限った話ではないでしょう。

習うより慣れろ - というか、習う“ために”慣れよ -

「人や本から教わるより練習や経験を重ねた方が覚え易い」(故事ことわざ辞典より) 実戦や実践の伴わない学習は、言うなれば立派な楽器を買うだけ買って特に練習せず、 ただ自分の音楽感という名の妄想に浸っているだけに等しい…かもしれません。

下手の考え休むに似たり - 他者に使われず、他者を使えているか -

「下手な者の長考は、時間を浪費するだけで、なんの効果もない」(コトバンクより) “馬鹿”とは本来頭が悪いことではなく、他者の言うことを妄信することでしょう。 しかし、他者の意見を妄信しないことと排他的になってしまうことはまた別の話です。

鶴の一声 - その心に映る相手の姿は本物か -

『鶴の一声』を横暴と断ずるのは早計でしょう。ただし、それが本当に鶴の声ならば。 鶴の一声とは 多くの人々がああでもない、こうでもないと議論している際、その集まりの重鎮・有力者・権威者がひとことを言って方向性がきまるありさま。多くの議論や意見…

万物流転 - 理解に終わりはない -

「この世にあるすべてのものは、常に移り変わる」(故事ことわざ辞典より) このサイトにて散々言及されている「“わかったつもり”にしかなれない」という言葉、 これは戒めの言葉でこそあれど、決して諦めの言葉ではないと思います。

月とすっぽん - その共感に無知の知は伴っているか -

「二つのものの違いがあまりに大きすぎて比較にならない」(故事ことわざ辞典より) 実際に当事者として体験してみなければ、当時者の気持ちはわからないでしょう。 そして例え似た経験をしていると思っていても、それが本当に似ている保障などない。

小異を捨てて大同に就く - 世界は自分を待ってはくれない -

互いに自らの誤りを認め、相手の正しさを尊重できる度量があることが前提条件ですが 不毛な議論を重ねるくらいなら、“議論をするために”ことを進めるのも一興でしょう。 小異を捨てて大同に就くとは 意味 小さな異見から離れて、大勢となっている同意見に従…

論より証拠 - 主観は議論の抵抗物である -

「口先で議論を重ねるよりも、証拠を出したほうが明確」(故事ことわざ辞典より) A「○○細胞を発見しました!この発見にはあんな苦労やこんな理想が…」 B「感動的だな。だが無意味だ。貴方の主観はいいから証拠を見せてくれ。」

PDCAサイクル - 行動のために計画し、計画のために行動する -

いくら企画段階でニーズがあっても、完成した頃にニーズがなくなっていては無意味。 PDCAサイクルとは Plan(計画)→Do(実行)→Check(評価)→Action(見直し)という政策サイクル。 P段階での代替案の検討と評価を行った上で、このサイクルを回す必要があ…

言うは易く行うは難し - 問題に直面しなければ盲点は見えない -

「口で言うのは簡単だがそれを実行するのは大変難しい」(故事ことわざ辞典より) 人は現実世界を基に創り上げた架空の世界で生きている(コペルニクス的転回) ならば、その世界で考えついたことが現実世界に即していなくとも、むしろ当然。

鶏口となるも牛後となるなかれ - 眼前の選択肢は把握できているか -

「小さな集団であっても長となるほうがよい」(故事ことわざ辞典より) それが大きい集団であればあるほど、その長がどんな人間なのかの見極めは困難です。 しかし、自分や家族の命運を握っているのは、他ならぬその長なんですよね。

鹿を指して馬と為す - 他者に与えられた答えを鵜呑みにしていないか -

「理屈に合わないことを権力によって無理に押し通すこと」(故事ことわざ辞典より) 自分と他者が同じ対象を観測し、互いに異なる観測結果を得た際、 自身の無知を疑う姿勢は大切でしょう。しかし、疑うことと否定することは違います。

燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや - 自分と他者、燕雀なのはどちらか -

「小人物には、大人物の考えや大きな志などがわからない」(故事ことわざ辞典より) この言葉、自分と他者のどちらが燕雀(小人物)でどちらが鴻鵠(大人物)なのか、 その捉え方によって意味合いが大きく変わってくると思います。

忠言耳に逆らう - 真に有益な言葉ほど自分の耳には痛い -

「忠告の言葉は耳が痛いから、素直に受け入れられにくい」(故事ことわざ辞典より) 「忠告が的確に自分の弱点をついている」という自覚が伴わず、無意識のみが反応し、 生じた「否定された不快感」を他者批判によって解消していることも多いと思います。

仏作って魂入れず - その行動には魂が伴っているか -

「いちばん肝心なものが抜け落ちていることのたとえ」(故事ことわざ辞典より) 世の中には「こうすれば上手くいく!」みたいな手法や方法論で溢れていますよね。 でも、そんな手法や方法論なんて枝葉末節だと思います。

盗人にも三分の理 - 他者の過ちにも理解と共感を示せるか -

「悪事を働いた者にも、それなりの理由はあるものだ」(故事ことわざ辞典より) 本当の、根っからの狂人など、悪人など、そうそういないと思います。 (ただし「全く存在しない」とも思いません。それが先天性であれ、後天性であれ。)

温故知新 - 先人の教えを疑う自分を疑え -

先人の教えを学ぶには『郷に入っては郷に従え』と同じ謙虚さが必要かもしれません。 温故知新とは 過去の事象や学説をじっくりと学んだ上で、現状を知り、それに適した判断ややり方を見出し今後に活かすこと。 出典『論語』で原文は「子曰温故而知新可以為師…

郷に入っては郷に従え - 「いいから黙って従え」は理不尽ではない -

どんなにいいボールを投げても、相手にその気がなければキャッチボールにならない。 郷に入って郷に従えとは その場所にいるときは、その場所のルールに従うこと。 英語では“When in Rome,do as Rome does”と言う。 続きを読む このキーワードを含むブログを…

守破離 - より深く理解するためにこそ教えを破れ -

1. 守 : 例え「師の教えが間違っている」と思っても、師の教えを守る 2. 破 : 師の教えをある程度習得したら、今度はその教えを破る(他流派を学ぶなど) 3. 離 : 「1. 守」「2. 破」で学んだことを踏まえ、自己流へと離れて行く 守破離とは □ビジネス分…

ダニング=クルーガー効果 - 喪失することに意味のある自信 -

「未熟あるいは能力の低い人ほど、実力以上の自信に満ちている」(cf. Wikipedia) 1ができるようになっただけで、まるで10までできたかのような過剰な自信を持ち、 それで10に挑んでも、挫折するのは当然。でもそれはきっと、価値ある挫折。

魚の目に水見えず人の目に空見えず - 自分の目を疑え -

「あまり身近にあるものは目に入らず、ありがたみもわからない」(JLogosより) 人間の認識や評価は相対性に基づいて創り上げられる。 それはつまり、相対性に乏しい対象は認識が難しいということでしょう。

理屈と膏薬はどこへでもつく - 論理は正しさを保障しない -

「どんなことにも、もっともらしい理屈がつくものだ」(故事ことわざ辞典より) つまり「論理や大義名分が伴わない間違いや暴挙など存在しない」 …と言ってしまっても過言ではないのだと思います。

知行合一 - だから人はわかりあえない -

「行動を伴わない知識は無知と同じ」という言葉には二つの捉え方があると思います。 知行合一とは 真の知と真の行いはひとつのものであるということ。 中国の王陽明の唱えた説である。 続きを読む このキーワードを含むブログを見る